求む、同志

 

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既報のように、こないだから、ここ十年来のプロジェクトであるJenkinsを離れて、新しい事業Launchableを起こしています。ソフトウェア開発者の生産性を上げたい、もっとデータと機械学習を使って、開発者の外骨格である自動化されたプロセス達が効率よく、頭良く実行されるようにしたい、そういう思いを持って取り組んでいます。おかげで、お金もちゃんと集まったし、全米各地の優秀な人達を集めたチームを作ることが出来たし、お客さんも開拓されつつあるし、t_wadaさんにも「強いシンパシーを感じる」とまで言ってもらって、心を強くしています。

しかし、この会社では実はもう一つやりたいことがあります。ずばり、日本にエンジニアリングの拠点を作りたい!

 

日本のソフトウェア産業を全体として見たときに、僕はどうしても悲観的にならざるを得ません。サービスや製品を作る会社は国内という小さな市場しか相手に出来ていないので成功に限界があるし、そうでなければ付加価値の小さな企業社内向けのシステムを作るのが主です。それに加えて、企業社内システムを作るSIerさんたちは、契約とかビジネスの構造上ちゃんとしたソフトウェア開発が出来ません。グローバルなソフトウェア産業を見ると、日本は明らかに時差と言語の壁で孤立しています。アメリカ、ヨーロッパ、インドのソフトウェア産業が密接に結合しているのとは対照的です。

技術者の個人的な技量を見れば、世界に何ら遜色ないのに、それを高い付加価値に変えるビジネスがないのです。とても勿体ない事です。

僕は渡米して20年近くなります。おかげで名前も少し売れたし、欧米のソフトウェア産業を支える人間達のネットワークの一部にしっかり組み込まれました。いつの頃からか、この経験と立ち位置を活かして、日本のソフトウェア産業と世界のソフトウェア産業の間に橋を架けたい、それが僕の責務の一つなのではないかと思うようになりました。

Launchableという新しい事業の機会を、この為に活かしたい。

シリコンバレー本拠の会社で、世界の市場向けに商売できる会社で、日本の技術者の力で良い製品を作りたいです。それが日本の技術の力を世界の他の人達に気付かせる唯一の道です。その過程で、優れたプロダクト開発文化と、そのために必要な役割分担をみんなに身につけてもらいたい。そして、ちゃんとしたexitをします。そしたら、超新星爆発みたいに、ここで身につけた知見と経験を持って、次の場所でみんな活躍してほしいです。僕が20年掛けて学んだ事は何でも教えます。どんどん学んで盗んでいってください。

簡単な道ではないけれども、それだけのやり甲斐があるはず。5年か10年か、それは分からない。会社は失敗する可能性だって充分にあるけど、その間の経験は絶対に無駄にはならないです。一度きりの人生の限りある時間を割くだけの価値があるとは思いませんか。そういう風に思ってくれる腕に自信のある技術者を探しています。世界の舞台で勝負したい人を探しています。お給料もストックオプションもちゃんと出します。

  • アーキテクト。日本のチームの面倒を見られる人。
  • バックエンド技術者
  • フロントエンド技術者 

我こそはという人は、kk at kohsuke dot orgまで連絡ください。

ツレが鬱になりまして

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先日、「ツレが鬱になりまして」という映画を見た。
 
僕の身の回りにも過去に鬱を患った人が何人かいるのだが、この映画を見て、今まで鬱について何も知らなかったし、知ろうともしなかった事を恥ずかしく思った。しかし、一番心に残ったのはそこではない。
 
この映画では、サザエさんちびまる子ちゃん的な「普通」の家族の形ではなく、世界に二つとない独特な夫婦の形が描かれる。それは夫婦の役割分担という事だけじゃなくて、会話の間の取り方だったり、くつろぎ方だったり、互いの風変わりな趣味を尊重することであったりする。大体夫の事を「ツレ」と呼ぶのからして普通じゃないし、例えば、夫が失業してお金がないのに、大枚をはたいて夫が亀を買うシーンがあるのだが、嫁は全然その事に抵抗感が全くない様子が描かれる。
 
多くの人にとって、「普通」でない、というのはそれだけでもう大変に恐ろしいものではないだろうか。多分本当は「普通」な人なんて誰もいないのであろうが、無視しようと思っても、「普通」の方から勝手に規範を押しつけにやってくるのだからしょうがない。鬱という病気にとって、そのような規範の押しつけが特に良くないという事もあるだろうけど、劇中、この夫婦は、特に健康な嫁さんの方は、この二人の独自な関係にどんどん肯定的になってゆく。鬱から回復した夫も。
 
さて、僕の周りにも、不思議な夫婦がいる。正直、どうしてうまく行っているのか皆目分からないが、とても上手くいっているように見える。開けっ広げな感じなので、何かの秘密があるのじゃなくて、「普通」という罠を超えたところに二人だけの特別な関係を作り上げたのだろうと思っている。周囲の人の眼前にあるのに、その二人にしか理解できない関係。世界に一組しかない割り符。公然の秘密。
 
とても素敵だと思った。
 
普通じゃないという事はとても素敵な事である。

娘の学校

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うちの一人娘がSan Joseの私立女子高に通い出してから半年になる。送り迎えなどで僕も校内を歩いたりクラブ活動を観察する機会もそれなりにあり、最近この学校の空気が段々分かってきた。僕自身も私立の男子高に通っていた事もあり、つい好奇心を抑えきれず観察してしまう。その文化の違いがとても面白い。日本とアメリカの違いもあるだろう。

この学校では「人の後ろに隠れず、一歩前へ出る」という事がとても大事にされている。自信を持って声を上げなさい、貴女達にはその権利と責任がある、という感じ。そこら中に貼ってあるポスターや標語や格言がこれを後押しする。先生達によって設置されているものも多数あるが、ひょっとしてこれは子供達が自分で貼ったのかな、というのも結構ある。素晴らしいと思うと同時に、アメリカであってもこういうメッセージを刷り込んで備えないといけない位には社会に色々な難しさが未だにあるという事なのだろうな、と感じ、娘の将来を思って慄然とする。

非常に女子らしい風習も色々ある。生徒一人に一つあるロッカーは、誕生日になると友達の手によってこれでもかとばかりに写真や色紙で飾り付けられる。先日のアジアにルーツを持つ生徒達が自分たちの文化の発表をする会では、民族衣装を纏って歌や踊りを披露する子供達が沢山いた。その一方で、robotics clubでは大人顔負けの工作機械や工具を駆使してロボットを作り、何か良く分からない体育会系のノリで突然グループで懸垂を始めたりする。

僕の学校ではロッカーに飾りなど前代未聞で、殴って凹みがついているのがせいぜいだし、卑猥な落書きはあっても美しさに対するこだわりなんか全くなかった。でも物理部無線班は筋肉に誇りをもっていたし、パソコン同好会では何かというと恵比寿の激辛のラーメン屋に行く謎の風習があった。全然違うところとすごく似通っているところが隣り合わせだ。実に面白い。

日本の社会がイメージするいわゆる女子高生という記号とは無縁にみんな好き勝手にやっている感じだ。とても素敵な学校だと思う。思えば、僕の学校も生徒達を記号から守っていたのではなかったか。型にはまらない事が、我が道を行く事が、そして変人である事が誇りでありと敬意の対象だった。みんなと違う事が祝福される文化。それは麻布、アメリカ生活、そして最近の僕の多様性に関する発信を繋ぐ一つの糸だ。

そういう学校をちゃんと選んだ娘がちょっと誇らしい。うん、娘の将来はそんなに心配しなくてもいいかもしれない。

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興奮が最高潮に達して懸垂を始める謎の女子高生集団

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Engineering time!!

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こんな標語がそこここに貼ってある

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良く分からない機械の数々。ワイヤリングにも美しさを追求して欲しかった

 

黄金時代

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日本に来ることの楽しみの一つは、色々な人に会うことである。当時はそんなに親しくなくても、大人になってしまえばどうという事はない。

先日の夜は、高校を卒業して以来会っていなかった高校時代の知人達と25年ぶりくらいにあって夕食を共にした。楽天で役員をやっている人あり、渋谷のスカイラインを作っている人あり、化粧品の原材料を企画開発している人あり、説明を聞くまではそんな仕事があるとは考えもしなかったが、なるほど世の中には色々な仕事があって、お互いに支え合って回っているのである。40代ともなれば、みんなそれぞれに活躍しており、一家を持ち、子供などいたり、役職も付き、それなりの苦労もしつつ色々な誇りを持って取り組んでいる様子が感じられた。嬉しいことだ。

僕の仲間達が、みんながそれぞれの場所から日本を支えているのだ。

帰り道、小雨の新橋を歩きながら、黄金時代だ、と思った。今が僕らの黄金時代だ。40代。最高だ。俺も負けないぜ。

物に宿る記憶

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義父は多趣味な人であった。紫色のスポーツカーに乗っていた時期もあったし、モルモットを飼っていた時もあったし、身につける物にはいつもこだわっていたし、釣りもプラモデル作りも好きだったらしい。

10年近く前に他界した後、残された家から僕が唯一遺品としてもらってきたのが、このアメリカ海軍のレシプロ爆撃機SBD Dauntlessである。遺品というとしかつめらしいが、捨てられそうになっていたものを、プラモデルならいつかは作るだろうから、と軽い気持ちでもらってきた物だ。それ以来、本棚の上でずっと埃を被っていたのだが、こないだ突然にムクムクとプラモデルを作りたい病気にかかり、遂に手を付けた。病気の内に短期間で完成させなければと思い、墨入れとデカールを貼っただけで色も塗っていない、人様に見せるには恥ずかしい代物である。それでもプラモデルというのはそれなりの時間が掛かるもので、久々に義父の事を少し考えた。

僕は結婚と同時に渡米したし、義父とほとんど交流はなかったが、一度だけ、二人だけで飲みに行ったことがある。結婚する前だったか後だったか、娘と結婚する男はどんな奴なのか知りたいと思っての席だったのじゃないだろうか。場所だけは鮮明に覚えているが、何を話したのかも全て忘れてしまった。当時の僕の事だから、無難な当たり障りのない通り一遍の話に終始したに違いない。

今ならもっと共通項があるから聞いてみたい事は色々ある。娘を持つ男親の気持ちとか、エアブラシを買うなら何が良いかとか、嫁さんの昔話とかを。あの、目がなくなるニヤッとした笑い顔をして、僕を煙に巻くような事を言ってくれたに違いない。

そんな事を思っていたら、いい加減に作ったこのプラモデルが義父の仏壇のように思えてきたので、急遽ディスプレイケースを買って部屋に飾ることにした。

物に宿る記憶が、また一つ。

 

Launchableからこんにちは

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2020年は僕にとって転機の年になります。というのも、今月末でJenkinsプロジェクトからは一歩退き、CloudBeesでは顧問に退き、そして新しい会社Launchableを始めるからです。

思えばJenkinsは色々な人のおかげで言い出しっぺの僕の予想を遥かに超えた大掛かりなプロジェクトに成長しました。本当に子供の成長を見るような思いです。だから、いつからか、僕としては後をどうやって引き継ぐかを考えるようになりました。今日、コミュニティとCloudBeesのおかげで、新しいボードメンバー達であったりJenkins Xであったり、コミュニティに新しいリーダーが育っています。なので、安心して彼らに今後を託す事が出来ます。実際の所、2019年中から徐々にプロジェクトから手を引き始めて色々な事を色々な人に任せてきたので、この発表で何かが突然大きく変わるということはありません。引き続きJenkinsをよろしくお願いします。

同じ事はCloudBeesについても言えます。CTOとして10年近く事業の拡大にそれなりに貢献できたと思いますが、今日、CloudBeesは今だかつてない規模になり、Jenkins以外にも色々な手を広げています。僕がここでこの舟を降りても、後の心配はないと安心できるようになったのが、今回違う事をしようと決めた動機の一つです。今後ともCloudBeesをよろしくお願いします。

 

さて、じゃあ、次に何をするのか。僕は、ソフトウェア開発を職人の勘によらない、もっとデータに基づいた合理的なものにしたいと思っています。Jenkinsの世界への貢献の一つは、自動化をあちこちで推し進めたことだと思います。この自動化によって、様々なデータが日々大量に生成されているのに、このほとんどは開発プロセスの改善に活かされることなく、無駄にうち捨てられています。なんと勿体ない。CloudBeesでの10年で、僕は営業やマーケティングが如何にデータを活用しているかを直接目にしてきました。それに比べると、ソフトウェア開発のやり方は依然として勘と経験則に基づいているのがほとんどです。

その第一弾として、僕はテストに着目しています。ソフトウェアの規模が大型化するにつれ、自動テストは一層大掛かりで時間を食うものになっています。結合テストを想像してみてください。何千何万のテストが書かれ、コンポーネントが変化するたびに結合テストが再実行されます。何時間、何日も掛かるのがザラです。でも、考えてみると、本当にそれらテストの全てが有意義でしょうか?

Launchableでは、過去のテストの実行履歴と機械学習の力で、「今回このような変更が加わったからこのテストが有意義だ」という予測を立てます。一日一度5時間の結合テストを走らせる代わりに、Launchableに80%の信頼度を与える10%のサブセットを選ばせれば、30分毎に結合テストを走らせて、翌日ではなく30分後にリグレッションを検出することができます。この時間の差は開発者に大きな安心と速度をもたらします。

もし、興味を持ってもらえたら、TwitterFacebookLinekdInメーリングリストなどで今後の続報にご期待ください。

 

今回、会社を興し、資金を集め、組織を作り、色々と格闘する中で、今までの20年、シリコンバレーで蓄えた経験やネットワークがフル稼働しています。そして、こういった経験をするにつれ、日本のソフトウェア開発と欧米のソフトウェア開発の間に橋を架けたい、そういう思いも強めています。2019年からはSHIFTさんの技術顧問を務めさせていただいています。今年は何が出来るか。2020年は面白い年になりそうです。

 

株式会社SHIFTの技術顧問に就任しました

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この度、縁あって株式会社SHIFTの技術顧問としてお手伝いさせて頂ける機会を得ました。

SHIFTさんと僕は随分昔からのお付き合いになります。僕の記憶が確かなら、2010年頃だったでしょうか、JJUGのイベントに登壇するために訪日していた時に、社長の丹下さんに「今日本にいらしているなら、是非!」と仰っていただいて、本当に1時間後位に会場に現れたそのフットワークの軽さに大きな印象を受けたのを覚えています。それ以来、SHIFTさんの社内の自動化チームの方達には、会社での任務という枠を超えてJenkinsの日本での普及に力を貸して頂きました。玉川さん、太田さん、本当にお世話になりました!

それと並行して、CloudBeesも6人の会社から今や500人を超える会社になりました。この期間のほとんど、僕はCTOという立場で会社に関わっていたわけですが、組織が大きくなり、製品の幅が増えるにつれて、どのようにして会社に貢献したらよいのか、色々な学びがありました。この学びを他でも活かす機会があればぜひチャレンジしてみたいという風に常々思っていました。

 また、僕は2001年から渡米して以来シリコンバレーをベースに活動しています。そのおかげで、日本のソフトウェア開発と欧米のソフトウェア開発を両方目にする機会に恵まれ、いつからか日本とアメリカに橋を架けたいという想いを持つようになりました。というのも、個人としての日本の技術者は世界の技術者と比肩する優秀な人達が多くいるのに、言葉・時差の壁があって欧米圏の技術コミュニティにとって、日本は存在しないも同然だからです。これは悔しい。

そして、CloudBeesのCTOとしてビジネスの側面に視線が向くにつれ、何より大きな問題は、技術者個人の有能さではなく、技術者を含む様々な職種の優秀な人達を結集して大きなインパクトを生む組織の力の欠如だと思うようになりました。人間一人の力で出来る事には限りがあります。天才技術者が一人いれば何かが変わるという時代は終わったのです。オープンソースコミュニティを作るのも企業を作るのも似ているなと思うのは、色々な人の夢が乗せられる大きな器を作り、彼ら彼女らの熱情を大きなインパクトに繋がる梃子を作るのがリーダーの仕事という点です。この、組織の力の欠如という話は、SIと外注に依存する日本のソフトウェア産業の構造的な問題という話に繋がっていきます。

 こういう問題意識を持つように至った僕にとって、SHIFTさんと社長の丹下さんは非常にユニークな会社だと思えました。この会社は大きな野望を持っており、それに手を付けるための体力を急速に身につけているように見えました。産業構造というようなスケールの大きな問題にタックルするためには、相応の体力が必要なのです。

今回、技術顧問として参加してみようと思ったのは、どうせ野望を持つなら国内市場ではなくて、世界を照準に収めて欲しいと思ったからです。僕の感じている世界と日本のソフトウェア開発の乖離に関する危機意識をより多くの人に持って欲しい、それに刺激されて自分の仕事に意義を見いだしてくれる人が一人でも増えれば、と思ったからです。もはや、国内市場だけを相手にしていられる時代は終わったのです。

SHIFTさんはCloudBeesより更に大きな組織ですし、僕はフルタイムのCTOではなくて、使える時間も極めて限られている立場です。太平洋の向こうからリモートで参加するという難しさもあります。でも、CTOとしての仕事の仕方は、技術顧問としての仕事の仕方にも当てはまると思っています。すなわち、僕の想いを伝えてそれが刺さった人達を探し応援し火を付け、現場の技術者達の想いに寄り添い、会社のリーダーの人達に伝わる言葉でそれを伝える、という事です。それに加えて、技術顧問というのは外部の立場なので、会社の現実や歴史的経緯や空気を読まないで、爆弾を投げ込める気楽な立場です。そういう立場でしか出来ない事が色々あるはず。

そういう仕事が出来たらいいなと思っています。うまくいくかは分かりませんが、挑戦しがいのある仕事だと思っています。よろしくお願いします!