物に宿る記憶

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義父は多趣味な人であった。紫色のスポーツカーに乗っていた時期もあったし、モルモットを飼っていた時もあったし、身につける物にはいつもこだわっていたし、釣りもプラモデル作りも好きだったらしい。

10年近く前に他界した後、残された家から僕が唯一遺品としてもらってきたのが、このアメリカ海軍のレシプロ爆撃機SBD Dauntlessである。遺品というとしかつめらしいが、捨てられそうになっていたものを、プラモデルならいつかは作るだろうから、と軽い気持ちでもらってきた物だ。それ以来、本棚の上でずっと埃を被っていたのだが、こないだ突然にムクムクとプラモデルを作りたい病気にかかり、遂に手を付けた。病気の内に短期間で完成させなければと思い、墨入れとデカールを貼っただけで色も塗っていない、人様に見せるには恥ずかしい代物である。それでもプラモデルというのはそれなりの時間が掛かるもので、久々に義父の事を少し考えた。

僕は結婚と同時に渡米したし、義父とほとんど交流はなかったが、一度だけ、二人だけで飲みに行ったことがある。結婚する前だったか後だったか、娘と結婚する男はどんな奴なのか知りたいと思っての席だったのじゃないだろうか。場所だけは鮮明に覚えているが、何を話したのかも全て忘れてしまった。当時の僕の事だから、無難な当たり障りのない通り一遍の話に終始したに違いない。

今ならもっと共通項があるから聞いてみたい事は色々ある。娘を持つ男親の気持ちとか、エアブラシを買うなら何が良いかとか、嫁さんの昔話とかを。あの、目がなくなるニヤッとした笑い顔をして、僕を煙に巻くような事を言ってくれたに違いない。

そんな事を思っていたら、いい加減に作ったこのプラモデルが義父の仏壇のように思えてきたので、急遽ディスプレイケースを買って部屋に飾ることにした。

物に宿る記憶が、また一つ。